大学4年生でやっとレポートが書けた話

私は大学4年生の後期の最終課題でようやく本物のレポートが書けました。もちろんそれまで他の授業でたくさんレポートを書いたのですが、そのレポートを書いた瞬間、今までのレポートはレポートではなかったということを悟りました。

 

新しくビジネスを始めるときや、会社で新商品を開発するときなどには、物事を違った切り口で捉え直すことが必要です。世の中に受け入れられるかどうかはさておき、100%新しいビジネスや商品を思いつく人はほんの一握りです。現在存在するビジネスや商品は、既存のサービスの切り口を変えただけのもので、今の世の中はほとんどそのような商品で成り立っています。「切り口を変えただけ」と書きましたが、人とは違った切り口を見つけることはクリエイティブな作業であり、普段から物事についてよく考える訓練をしていなければ難しいことです。

自分なりの切り口を一度持つことができれば、どんなことにも自分の考えを持てるようになります。例えば学生なら、どんなにつまらない授業でも、自分なりの視点を通すことによってそこに新しい事実が見えてきます。(これができるようになると実は世の中に「つまらない授業」はほとんど存在しなくなります。)それは論文を書くときのテーマにもなり得るし、新しいサービスを創ることにもつながると思います。その積み重ねは自分のオリジナリティにもつながっていきます。

 

AIは、ジャンルは区切られているとしても、人間では到底及ばないほどの知識を持っていて、その中のすべての情報から結論を導き出します。多くの人はこれに恐れをなし、将来仕事がなくなるのではないかと不安をいだいています。しかし、一昨日友人と映画を見に行ってその後ダラダラとお茶をし、昨日わけもなく30分位ふらふら近所を散歩し、そして今朝は迷った挙句パンと牛乳とバナナを食べた人間が出す答えはAIはおそらく導き出すことはできないでしょう。すべてを知らない、いい意味で限られた経験ができる我々だからこそ導き出せる考えがあるはずです。

以前、「音階は『ドレミファソラシド』しかないのに、よくもまあ音楽家たちは色んな曲を作るよな。よく枯渇しないな。」と思っていたことがありました。しかし、絵を描くことで考えると、色はより多彩であり、線の描き方は無限大のような気がします。私たちの思考は思った以上に自由なのです。

 

初めて「書けた」レポートは一冊の新書を引用して書いた(どんな簡単なレポートだ)のですが、問題提起・結論・それを導く引用はまさに自分の切り口で書くことができました。その道は私が日々積み上げてきたものの上に創り上げることができた道だと思っています。常に学ぶ姿勢を忘れず、面倒臭がらずに考えて自分の中に落とし込む。こういった日々の鍛錬が、誰にも真似できない、明日を生きる力となるでしょう。そして、こういった鍛錬の基礎を作る場こそが国語科でありたいと考えるのです。

    

       

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