新しい時代のために

最近、とても気になっていることがあります。

ある人(有名人やインフルエンサーが多いのでは?)がなにか発言すると、「〇〇はどうなんですか!〇〇の気持ちも考えないで最低!!」と、重箱の隅をつつくような反論(むしろ暴言)や、あることないことを投げつけてくることがよくありますよね。 

 

 

そして、JALのCMの松井秀喜さんのナレーションに衝撃を受けました。

 

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人と違うことがやりづらい時代だ。

誰もしなかったことに挑戦すると笑われそうな時代だ。

 

って、えーーーーーーーーーーーー?

なんか今ってもっともっと自由な時代なんじゃないの?!

 

インターネットがもはや空気のように存在している現代では、情報は万人に平等に与えられるようになって、その分チャンスもより多くの人が享受できる時代になっています。しかし、私の中にあった「もう21世紀なんだし、何でも自由に決められるような時代になっている」という考えは、この世には存在しない、ただの幻想なのでしょうか。

実際は、一億総監視時代であり、なにか目立つことをすると、「それは許せん」とケチを付けられてしまうということが起こっています。

 

 

一億総中流(という幻想)と完成されたインフラがもたらす安定が、長らく続いた日本では世界は変わらず移行するべきであり、変革は起こるはずがないと考える人を大量に生産しました。それ故現在起こっている変化についていけず、不安がSNS上に溢れてきているのではないでしょうか。

 

第四次産業革命、インターネットですべての人がある程度等しく発言できる時代・・・すでに世の中は新しい時代に突入していると思います。我々は新しい時代でどう振る舞うべきか、どういう考えを持つべきか、新しい時代にあった倫理観を持たなければなりません。きっとその倫理観は現在我々が持っている倫理観とは180度違うものです。古い人間がすでに変わってしまった現代の空気を歪めている、というのが現状だと思います。

本の学校は現在、古い価値観を継承する「最も遅れたもの」になっています。学校がこのまま同じことを教えていく限り、社会の歪みはどんどん大きくなっていき、あるとき大きな反発となって大激震を引き起こすのではないかと危惧しています。

 

現行の学校というインフラは国民を一律にボトムアップできる素晴らしいものだと思います。ぜひこのシステムを有効に利用して子どもたちがより良い未来を築いていけるように、我々は決して思考停止せずに努力し続けていくべきだと思います。

 

死ぬこと以外かすり傷 

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